武蔵野美術大学
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岩切 茂 評判・口コミ

岩切 茂

評判・口コミ・評価・レビュー星5つ

武蔵野美術大学 造形学部建築学科
1987年
建築家

イタリアと日本、ふたつの拠点で街と暮らしをクリエイトするマルチ・アーキテクト

移ろいの都市で育って

一級建築士事務所「Team Iwakiri Japan」を率いる男、岩切茂。社名に「Japan」という文字を掲げているのは、それなりの理由がある。実はTeam Iwakiri、ローマに本社を構えているのだ。つまり、Team Iwakiri Japanは日本支社ということになる。現在、岩切はイタリアを中心に活動しているが、近年は東京やモスクワの仕事も増えつつある。

生まれたのは1962年。実家は東京・高輪。生粋の街っ子だ。ものごころついた頃からモノづくりに興味があった。

「といっても、最初から建築家になりたいと思っていたわけではないんです。なんとなく考えていたのは、アートやデザインに集中できる環境で、4年間、過ごしてみたいということ。まあ、美大への憧れってやつですね(笑)」

進んだのは建築学科。時代はポストモダン建築全盛。リチャード・ロジャーズなど、ロンドンのAAスクール(Architectural Association School of Architecture)出身者の動向にも注目が集まっていた。

当時、建築学科では、竹山実が教鞭を執っていた(ちなみに竹山は芦原義信とともに建築学科創設に参加した)。竹山といえば、ポストモダン建築を、いち早く、日本に紹介すると同時に、自身も数多くのポストモダン建築を手がけてきた人物である。

「つまり、時代の最先端を走り続けている方が、教壇に立っていたわけです。非常勤講師として、伊東豊雄さんもいらしていたんじゃないかな。そういう環境自体が非常に刺激的でしたし、学んだことも多かった」

東京生まれ、東京育ちの岩切にとって、街や建物はつねに変化していくものだった。とりわけ、岩切の少年時代は日本の経済成長の季節と重なっている。徹底的なスクラップ・アンド・ビルドが実践されていた時期だ。

「友達と遊んでいた空き地が、あっというまに工事現場に変わってしまう。そして、いつのまにか新しい建物が生まれている。そういうことが何度も繰り返されていました。だから、あえて原風景を探すとするなら、それは工事している町並み。記憶の中では、鉄の匂いが漂っている。美しい光景とは言えないけれど、そこにワクワクする気分を感じていたことは確かです」

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