武蔵野美術大学
大学東京都
武蔵野美術大学

〒187-8505 東京都小平市小川町1-736

パンフ追加

気になるリストに追加

武蔵野美術大学の資料をすぐにもらう

卒業生の声

武蔵野美術大学

関 直子 評判・口コミ

関 直子

評判・口コミ・評価・レビュー星5つ

武蔵野美術大学 芸能デザイン専攻学科 (現空間演出デザイン学科)
1973年
ファッション誌編集者

歴史のあるファッション雑誌からジャンルを超えたクリエイティブの現場を発信

カウンターカルチャーの時代


1936年(昭和11年)、服飾専門誌『装苑』の創刊とほぼ同時期に設立された文化出版局。母体は文化服装学院や文化女子大学などを運営する学校法人文化学園である。現在は『装苑』のほかに『ハイファッション』や『ミセス』、季刊『銀花』などの雑誌、そしてライフスタイル関連の書籍を多数刊行している。関直子が文化出版局に入社したのは1973年。10代の頃から舞台美術やファッションに関心を持っていたという。

「高校時代は年間100本以上も映画を見ていましたね。印象に残っているのが、ルイ・マル監督の『ビバ!マリア』。ブリジット・バルドーとジャンヌ・モローが、とてもチャーミングで。衣装をデザインしたのはピエール・カルダン。映画館の暗闇の中で、一生懸命、スケッチしていました(笑)」

60年代はグラフィックデザイナーが花形だった時代。

「粟津潔さん、横尾忠則さん、宇野亜喜良さんたちは、すでに第一線で活躍なさっていました。皆さん、それぞれ個性的でしたし、ファッション、グラフィック問わず、デザイナーには、華やかなイメージがありました」

関が大学に入学した60年代後半は、学生運動がクライマックスを迎えた季節でもあった。

「政治的にも文化的にも“異議申し立て”が行われた時代です。私も“異議申し立て”側にいたのですが、ムサビでも入学早々、ロックアウト(学園封鎖)されました」

関が進んだのは、産業デザイン学科芸能デザイン専攻(現・空間演出デザイン学科)。舞台美術家として頭角を現していた高田一郎も、学生の指導にあたっていた。

「反体制、反商業主義を掲げたアングラ演劇も花盛りで。寺山修司さんの天井桟敷、唐十郎さんの状況劇場、串田和美さんの自由劇場、佐藤信さんの演劇センター68/71、鈴木忠志さんの早稲田小劇場……。時代の空気と表現者の思想が密接に結びついて非常にドラスティックでした。高田先生も、鈴木忠志さんの舞台を手がけられていて、舞台を見るのはもちろんですが、模型作りのお手伝いをさせていただいた覚えがあります。」

武蔵野美術大学の卒業生の声一覧

更新日時:

オープンキャンパス検索デジタルパンフレット奨学金学費
pagetop