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山岡 かおり 評判・口コミ

山岡 かおり

評判・口コミ・評価・レビュー星5つ

文化服装学院 アパレルデザイン科メンズデザインコース
2005年
アクセサリーデザイナー

書物から想像する世界が、アクセサリーへと形を変えて

毎回幻想的なストーリーに沿って作品作りをしている「ジュエ・アヴェック・モア?」。そのデザイナーである山岡さんは本を読むことが大好きで、小説や絵本などからいろいろな情景を想像し、そこからデザインを生み出している。中でも最も山岡さんに影響を与えたのは、女流写真家のサラ・ムーン。彼女が写し出す世界観は、山岡さんが作品に落とし込む世界と「幻想的」という点でどこか似ている。制作するアクセサリーのメイン素材である樹脂は、時間の経過とともに色が飴色へと変化していくのが特徴。そのアンティークの雰囲気が漂うアクセサリーは、まるで遥か遠い時空を越えてきたかのような不思議な感覚を与えてくれる。

気付いたらアクセサリーという未知の世界に導かれていた

メンズデザインコースの学生だった山岡さんが、全く手掛けたことのないアクセサリーの世界に足を踏み入れることになったきっかけは、アパレルデザイン科の中でも選抜された学生だけが出展する機会を与えられる「パンゲアソラリウム展」に参加したところにある。アパレルデザイン科の友人と親交が深かった山岡さんは、頻繁にその教室に出入りしていた。ある日、その友人がこの展示会に参加しないかと声をかけてくれたそう。10人くらいで出展することが決まり、服やアクセサリーを作る人から、音楽や映像を手掛ける人まで、それぞれが得意なことを発表する"クリエーター集団"になったそう。そしてそのグループの名前が「ジュエ・アヴェック・モア?」だった。そのとき雑誌「装苑」の取材を受け、その後の評判も良く、原宿のショップへの卸しも始まった頃、初めて自分達の中に「続ける」という意識が生まれたという。

外の世界を見て吸収したこと

卒業後、グループのみんなはそれぞれの道へ進んだが、その内の3人でブランドを継続する事になった。しかし以前から卒業したら海外へ行こうと思っていた山岡さんは、多くのものを吸収するためロンドンへ留学する。語学を習得しながら、様々なところを旅行してはアンティークレースやボタン、パーツなどを買い付け、日本で制作活動しているメンバーへ届けたそう。1年の海外生活を経て、帰国後はさらに視野を広げるため、アクセサリーメーカーに就職。「そこでは社会人としての基本的な常識をたくさん学びました」平日は社会人として働きながら、週末の土曜日は「ジュエ・アヴェック・モア?」のメンバーとして活動をしていた。そんな日々が約1年半続いたころ、会社を辞め、正式にブランドに戻る日が来た。

作品一つ一つに込めた想い

そんな20代も後半に差し掛かった頃、以前からのメンバーには他にやりたいことが見つかり、それぞれの道へ進むことに。いつか独立してやってみたいと思っていた山岡さんはこれをきっかけに同ブランドを継続することを決め、2010年秋冬から1人での活動が始まり今に至る。「人の心にぽっと光が差し込むようなものを作りたい」それを"記憶に残るもの作り"と山岡さんは呼んでいる。1点1点丁寧に手作りし、量産では決して生み出せない"1点もの"にこだわり続けたいと話してくれた。制作途中は「かわいい、かわいい」と言いながら作っているそう。「口ではそう言いながら制作していますが、頭の中はもう次のシーズンに何を作ろうかという事でいっぱいになっています。」

ブランドの成長を見据えて

「このまま1人でどこまでいけるのか試したい気持ちはあります」約2年間1人での活動を楽しんでいる反面、ブランドとしては1人の色より違った色が加わることも必要だと、自身のブランドを冷静な目で客観的に捉え、メンバーを増やす事も視野に入れている。「これから、もっとたくさんの人に知ってもらえるよう、発表の場を増やさないといけないと思っています」現在「ジュエ・アヴェック・モア?」を取扱うショップは全国にあるが、しかしまだ知らない人もたくさんいる。「今後は関東にとどまることなく活動範囲を広げ、展示会を開きたい」と意欲を語ってくれた。
※この取材内容は2011年4月時点のものです。

【参照元】文化服装学院HP Next

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